いつもは。
ものを値段分使い切るにはどれくらいの日数、使用回数こなせば良いかを考える。
100円の水切りカゴ、1年も使い続ければ1日27銭程度。
使い勝手が悪いから買い替えようかな、と思った時に1年使えば、「こんだけ使えば良いでしょう(寿命でしょう)」と判断できる。
基本はこの考え方で一回の値段が下がるよう、出来るだけ長く使おうとする。
でも、ふと思った。
使えば使うほど、長く使えれば使えるほど、値段分を使い切ったという場面だけではないな、と。
例えば、急に雨が降ってきた時。
こんな時くらいしか買い替えないし、と2000円の傘を購入したとする。
新品の素敵な傘。
でも、帰る途中で雨が止んでうっかり電車の中に傘を忘れてしまう。
そんな時誰もが思うだろう。
「高い傘なんて買うんじゃなかった。せめてもっと安いビニール傘なら」
と。
せっかく2000円も出したのに、その日のうちに無くすなんて最悪だ。
いっときの雨を凌ぐだけの2000円はあまりに高い。それならタクシーで移動した方がよかったかもしれない。
なんて勿体無いことをしたのだろうと悲しくなる。
値段分使うこともできなかったことにショックを覚えるだろう。
一方、こんな場面ならどうだろう。
傘を買うところまでは同じだ。
店を出て、しばらく歩いていくと、雨の中好きな人が困った顔をしている。
どうやら傘がないらしい。
しょっちゅう会える相手ではないから返してもらえるかわからないが、自分の買ったばかりの傘をその人に差し出す。
自分は、雨の中走って帰る。
せっかく買った傘を役立てることなく、びしょびしょになりながら。
……なんて、漫画みたいな話はないかもしれないが、同じ「買ったすぐそばで無くす」という場面でも後者なら「良い傘を買ってよかった!」となるのではないか。
好きな人を笑顔にできるのであれば2000円なんて安いものだ、と。
貧乏性でケチな私。
普段は値段と機能や寿命でものの価値を決めているような私。
それでも、値段だけではない、真の価値に気がつける人間でありたいものである。
と妄想しながら思ったり。